インディジョーンズ最大のインパクト、モラ・ラムに思うこと 

ハリソン・フォード出演の中でも有名なひと昔前の映画といえば、インディジョーンズ。
チャーンチャチャッチャーン、チャーンチャチャーン♪のテーマソングがお馴染みの、典型的なアドベンチャーものです。
とはいえあまりシリーズの1作ずつをしみじみ見たことはありません(笑)。

それでも映画の中のインパクトは、いろんな意味随所で見受けられたものでした。
その一つが、主人公インディ以上に敵の方にあります。
どこぞのお宝だの価値のある財宝だのをめぐって、必ずこういう作品に出てくる黒幕の方です。

悪役の典型例である、冷酷で強欲で力があってという「いかにも」な3点セットを備え、敵方は私にとって主人公インディよりインパクト大ですね。
中でも魔宮の伝説に出てくる悪役モラ・ラムはインディシリーズの中で一番インパクトが高いです。

役者のアムリーシュ・プリさん、主人公インディを演じるハリソンに負けないぐらいのダンディさがあると思いますし、独特の雰囲気があって私は好きですね。
プリ氏をモラ・ラム役に選んだスピルバーグ監督はエライです(笑)!
さて、プリ氏演じるモラ・ラムもまた典型的なワルの設定。
邪教の司祭としてブキミな雰囲気を出すための外見・・・トレードマークであるスキンヘッドに赤い入れ墨、羽織っている赤と黒の衣装といい、儀式のときのデッカイ角の付いた被り物といい、もう何もかもが「いかにもワル全開!!」という感じですね。

役者のプリ氏は悪人じゃないでしょうに、役者さんもワルを演じたがために嫌なイメージが定着しそうなことを懸念すると何だかかわいそうになってくるほどのワルっぷりです。
実際この魔宮の伝説は儀式のシーンなど、冒険ものでありながらホラー映画級に残虐なシーンがあることからけっこうなトラウマ映画としても有名だったりします。

モラ・ラムが残酷な儀式の中でのクレイジーっぷりは怖いですが、そこまでのことができるモラ・ラムの背景には絶対何かあったに違いないとも思わされました。

単に強欲で頭がイカレてるとか狂ってるとか、そんなことだけじゃ人間ここまでのことはできないであろう背景を、言葉をほとんど介さずして垣間見させるような演技ができるような、そんな雰囲気が感じられるプリ氏。
ただそこにいるだけで物を云うといいますか、とにかく深見のある雰囲気が漂うようなお人ですね。

スピルバーグ監督がプリ氏をモラ・ラム役に起用したのも、おそらくそんなところにあるのではないでしょうか。
実際、キャラの背景をあと後になって読んだところ、モラ・ラムはかつて自分の部族が滅びていった歴史に耐えかね、復讐を決意したとのことでした。

やっぱり心痛むような背景があったのですね。
だからこそ、ただ佇んでいるだけでダンディズムの中にも一抹の憂いや暗さのような部分が感じられるプリ氏です。

なかなかこういう深みのある表現ができる男優さんもいないと思うので、私の中でプリ氏は貴重なお人。

そんなプリ氏が、撮影中スピルバーグ監督とほほえんでいるお顔が素敵に見えました。

戦国時代の武将と明治時代の起業家に想いを巡らす旅

今から450年以上さかのぼる昔に、戦国時代の武将として活躍した武田信玄が発見したという逸話のある毒沢温泉に行ってきました。

金鉱を堀当てた後にお宝と温泉を独り占めにするために、「毒沢」という恐ろしげな名前をつけるところが信玄らしいですね。

JR中央本線にのんびりと揺られて車窓から流れていく風景を味わいながら、JR下諏訪駅を目指します。

長野県諏訪町の豊かな自然に囲まれている毒沢鉱泉 神の湯という、昔ながらの温泉旅館に泊まってきました。

館内はノスタルジックなムードを感じることができ、純和風の雰囲気が漂っている客室でゆったりと寛ぐことができました。

信玄の隠し湯としても有名な黄金色に輝く源泉で、日頃の疲れをリフレッシュすることができました。

地元信州の食材をたっぷり活かした里山料理や、採れたての山菜を活かした郷土料理を美味しく頂くことができました。

女将さんやスタッフの方々の、心のこもったおもてなしには心温まるものがありました。翌朝早くお世話になった宿を後にして、諏訪湖のほとりに佇む大富豪の遺物を見に行ってきました。

かつては日本の貿易を支えた絹の製品によって巨万の富を築き上げた、二代目片倉兼太郎には前々から興味深いものがありました。

今でもシルクの王様と地元の人たちから称えられている実業家が諏訪に建てた、国によって重要文化財に指定されている片倉館が感動的でした。

館内は美しいレリーフや独特なデザインのステンドグラスによって装飾されていて、世界各国の建築様式を取り入れた異国情緒が伝わってきました。

絹によって歴史を紡ぎ上げていった、ひとりの偉人の思いが込められていて幻想的な雰囲気を漂わせていました。

お土産には諏訪のピーナッツをまぶした煎餅を買いました。パリパリとした食感が特徴的で、ほんのりと香るバターにぴったりと合ってしました。

温泉好きの方々だけでなく、明治時代の産業について興味がある人には是非とも訪れて頂きたい観光地だと思います。

自分ではなく相手を受け入れ、話を聞くことの重要性

“先週、私の職場で上司と多部署の職員が話し合いをしていました。内容は、「部門を超えた予算会議を開催するか」についてです。

私は訪問サービス事業者で働いています。職場の運営には予算や経営状況を把握することが必要です。その予算や経営状況に関して、今まで話し合いが持たれなかったことも疑問でしたが、今後は明らかにしていくために話し合いを持つとのことでした。

しかし、上司は「話し合いは要らない」と言うのです。理由は「話し合いをしても赤字になることは変わらない。赤字を削減するには、正規職員を減らせば良い。しかし職員を減らすと訪問件数が減ってしまう。自分には決める権限がないから全てそちらに委ねたい。」
というものでした。

そうなると、多部署職員も困惑してしまいます。「経営をうまく進めるには一度話し合わないと良い方向へは進めない。」
というのが、職員の意見でした。

しかし、上司も言い分を変えようとはしません。自分の意見を押し通そうと必死になっているのが伝わってくるほどでした。私は、お互いにお互いの意見を聞き合って納得する部分は受け入れるべきなのでは?と会話を聞いていて思いました。

最終的には会議は開催される方向に決まりました。上司も譲歩案を出されて、ようやく受け入れてくれていました。

人の意見を受け入れず、自分の意見を押し通そうとする姿勢は、主に女性に見られます。男性の方が、人の意見を素直に受け入れやすいように感じます。相手が女性だと、若い男性の場合萎縮してしまうのかもしれません。

しかし、それでは何の解決にもなりません。職場で喧嘩腰に物事を言っても意味がないように思えます。

私は、この2人の対話がすごくむず痒く感じました。
相手を受け入れようとしない上司と、なんとか受け入れてもらおうと頑張る多部署職員。同じ立場ではないのになぜうまくいかないのでしょうか。自分の感情を少し抑えて、相手のことを考えられればうまくいく話し合いだと思いました。

家族の大切さ、友人の大切さ

まず、私は自分のプライベートの時間を優先するタイプの人間で、彼氏という固定の存在を必要とはしていなかったからだと思います。どんなに恋人がいても、自分の友人との約束や、自分の時間を大切にしてしまい別れてしまうことが多かったため、自ら恋人を欲しい気持ちを持つことができず、彼氏という対象で男性を見ることができませんでした。また、私は割と男性と話すことは得意なのですが、つまりそれは、友人としてしか相手を見ることができず、例え相手の男性から恋愛面としてアプローチされても応えることができなかったため、しばらく彼氏ができなかったなと思います。まとめると、彼氏の存在なしでも生きていける覚悟ができていて、その覚悟を理由に恋人を作ることを避けていたからだと思います。

年齢が上がるにつれて、周りが少しずつ結婚や出産の報告を聞くようになり、焦ったのがきっかけです。周りのみんなの笑顔には、その幸せを表してるようにきらきら輝いており、私にないものを持っているなと感じました。確かに、今彼氏がいなくても、自分の力で1人で生きていけることは可能です。ですがその先の未来を考えたときに、自分には家族がいなくて、孤独で老後を過ごすビジョンが見えたときに怖くなってしまいました。こんなにも孤独が怖いものなんだと改めて痛感しました。また、愛されることがどれだけ人間にとって大切なのかを知ったとき、恋人の存在が必要なんだとわかり、欲しくなりました。自分から誰かを愛し、誰かに自分を愛してもらって、その先にある幸せを自分でもつかみたいと思いました。

私は現在学生で、ずっと前から親友に近い存在の男性がいました。彼には何でも相談でき、気を遣うこともなく安心できる存在でした。いつしか、彼から想いを伝えられ、びっくりしました。今までなら、このパターンが来ても、自分は今まで通り友人にしか見えないと答えてました。しかし、彼の場合、そう答えることができませんでした。彼が自分にとって、本当に友人という存在止まりでいたのか考えました。友人だけど、もっとその先の想いも自分は持っていたのではないかと気づきました。彼にはすぐに返事をせず、少し異性として見てみる時間をいただき、出かけたりしました。ふと彼の笑顔を見たとき、あ、この人の笑顔ずっと見ていたいなと思いました。これが好きの感情なんだなと初めて気づき、そこから彼氏という存在に変わりました。

現在の彼氏とお付き合いして、前よりも明るくなった気がします。今まで色々溜め込んでいたものを彼氏に会うことができ、一緒に考えてくれて、解決できて、今の自分が明るく楽しく生きていれるのも彼氏の存在のおかげだなと感じます。彼氏と出かけるときも、いつも見てる景色が、彼の視点が加わることでこんなにも違って見えるものなんだと気づきました。時にけんかもあります。ですが、それはお互いを思っているからこそできるものだと感じています。相手を強く思い、どうにか2人でもっと前向きに関係を進めたいが故のけんかの後の仲直りが、1番心地よいものです。彼氏がいての自分も好きだなって心から今そう思います。また、彼氏がいて、家族の大切さ、友人の大切さも改めて感じます。彼氏ができて本当によかったなって心からそう思います。